【これが現実】農家になる気持ちが消え失せる件(→対処法を考えてみた)

こんにちは、ゆびです。
今回はちょっと尖ったタイトルなんですが、「農家になりたい気持ちが消え失せる現実」を、僕が出荷作業中にたまたま読んだ新聞記事をきっかけに、正面から整理してみます。
先に言っておくと、これは「農業やめとけ」って話じゃないです。
むしろ、現実を知った上で「じゃあどうする?」まで考えると、農業で食べていける確率は上がると思っています。
目次
きっかけは「日本農業新聞」の記事だった
出荷のとき、新聞紙をくしゃくしゃして箱の隙間を埋めるじゃないですか。
そのとき目に入った記事が衝撃で、しばらく取ってあったんですよね。
2023年12月30日付の日本農業新聞で、ざっくり言うと内容はこうです。
- 高齢化で、農業法人が解散していく
- 借りていた田んぼ(30ha規模)が、引き受け手がいなくて荒れる
- 「誰かがやらなきゃいけない」のに、やる人がいない
写真がまた強烈で、70代の男性が急斜面の草刈りをしてる様子が載っていて、
「これが日本の農業の縮図か…」って、正直うわ…ってなりました。
「引き継いだ若手」が驚いた“本質”
記事の中で、息子さん(40代)が引き継いで会社を作った、という流れが出てきます。
一見「よかったね」なんだけど、息子さんが一番驚いたのが
「米って、こんなに安いの?」
っていう現実なんですよね。
ここが本質で、要は「頑張って作っても、利益が出にくい」ってこと。
さらに刺さったのが、70代の方の話で、
- 昔は工場など“働く場”があった
- そこで稼いで、肥料や農地に回して
- 兼業で米を作っていた
- 農業に「自分の給料」を求める意識がそもそも薄かった
つまり、「農業一本で生活」じゃなくて、別の稼ぎで農業を支える構造が前提だった、って話です。
なんで農業で食べていくのが難しいのか(僕なりの整理)
僕なりに腑に落ちたのは、シンプルに言うとこれです。
世の中(資本主義)は、必要とされるサービスが残り、必要とされにくいものは薄利になりやすい。
で、今の日本って「飽食」なんですよね。
お腹空いたら、すぐ食べ物が手に入る。だから食料の“値段”は上がりにくい。
言い方は難しいけど、あえて言うなら、
農業で稼ぎにくいのは、社会が豊かになった証拠でもある
っていう側面もあると思ってます。
でも、だからといって「じゃあ農業いらない」にはならない。
食料は国の基盤だから、補助金が入ったり、政策で支えたりしてるわけで、ここは綺麗事じゃなく“現実”としてそういう構造なんだと思います。
じゃあ「どうしたらいいの?」→ 僕が辿り着いた視点
僕がいろいろ考えて、最終的に行き着いたのは
「今の豊かな社会が、何にお金を払いたくなるか?」
って視点でした。
僕はマズローの欲求(人間の欲求を段階で見るやつ)をヒントにしたんですが、
今って下の欲求(食べる・安全)は満たされてるから、上の欲求にお金が動きやすい。
それを超ざっくり言い換えると、
みんな“楽しみたい”んだよね
ってことだと思ってます。
農業で「楽しみ」を作るとしたら、何がある?
農業って、作物を作るだけじゃなくて、楽しみを作れる要素が多いです。
- おいしい:食べて嬉しい(野菜・果物・加工品)
- ラク:調理しやすい形、使いやすい規格、安定供給
- つながり:産直、贈り物、ファンとの関係
- 体験:観光農園、収穫体験、家庭菜園サポート
- 学び:講座、発信、コミュニティ
ここって「農業じゃない」って思われがちなんだけど、
僕は今、“農業で食べていく”ってそういう方向に広げないと厳しい場面が多いんだろうなって感じてます。
売れない理由は、だいたい2つ
これも僕自身がずっと悩んだところなんですが、
「売れない」って結局この2つに集約されがちです。
- そもそも欲しくない(価値が伝わってない/必要とされてない)
- 知られてない(露出が足りない)
特に2つ目。
物が良くても、知られなければ売れない。だから発信・導線・販売の仕組みは必要になる。
営業っぽくしたいわけじゃないけど、
“知ってもらう努力”を避けると、やっぱり届かないんですよね。
まとめ:現実を見た上で「自分の勝ち筋」を作ろう
今回の結論を一言で言うなら、
農業で食べていくのが難しいのは現実。でも、今の社会が喜ぶ形に変換できれば道はある。
農業を「生産だけ」に閉じるより、
“楽しみ”を作れる要素を自分のやり方で足していく。
その試行錯誤こそが、今の時代の農業のリアルな攻略なんじゃないかなと思ってます。
